母との闘病日記

母と私の生きた証を残したい

~ 誤嚥性肺炎 死神病院の章(12/21) ③~

12月21日(木) 運命の日・当日③

~ 続き ~

午前0時頃

救急隊員が、それでは受け入れ先の病院を探します。」と話す。

私から19日に、掛かりつけのC葉外科内科病院へ行ってきたばかりだと話すと、

そこの病院の先生は何と言っていましたかと聞かれたので点滴はします

素直に死神院長が言っていた言葉を伝える。

救急隊員が「点滴はします⁉」その言葉の意味を悟ったかのように苦笑する。

実は、今日S会KG総合病院に行く予定で相談員と連絡をしていたのですが、

C葉外科内科病院の不適切な行為により、紹介状の作成が遅れた為、受診することができなかったのです。車でなら2,3分で着きますし、8月頃に入院もしていましたので、できればS会KG総合病院にお願いしたいのですが。と救急隊員に頼んでみる。

すると、少し躊躇したようだったが、わかりました。最初にかけてみますと連絡してくれた。

この先の会話は、相手の病院からの内容はわからないが、おそらくこんなやりとりをしたのではという予測で記載する。

 救急隊員:87歳、女性、意識レベルXX(意識なし)誤嚥性肺炎と認知症を患っています。家族は集中治療を望んでいません。受け入れできますか?

 病院:その病状だと、うちが集中治療の患者以外は、受け入れないのを知っているでしょう!

 救急隊員:知っていますが、家族からの要望ですので

  病院:チョット待ってください

 ほんの2~3分会話が途切れる。

 病院:やはり、受け入れることはできません

 救急隊員:わかりました。

私に、病院から断られたことを伝え、他の病院へ連絡する。

きっと救急隊員は、このレベルの患者だと、受け入れてくれる病院を知っているのだろう。

すぐに病院が決まり、救急車が走り出す。

着いた病院は、なんと父の検死をして頂いたTD中央総合病院だった。

15年前と同じ日、ほぼ同じ時刻、同じ経路をたどり、同じ病院に、私は立っている。

 

~~~ 続く ~~~